社員が雇用契約で規定されている労働時間を超えて働く場合には、残業代が発生します。従来の残業制度では、実際に労働した時間に応じて追加の賃金が支払われますが、固定残業代(みなし残業代)制度では事前に決められた残業時間に対する賃金が、実際に残業を行ったかどうかにかかわらず一律で支払われます。
近年では、固定残業代制度を導入している企業が増えていますが、その理由は何なのでしょうか?固定残業代制度のメリットやデメリット、導入時の注意点などについて詳しく解説しますので、ぜひ最後までご覧ください。
目次
固定残業代(みなし残業代)とは
通常、残業代は残業した時間に合わせて支払われます。一方、固定残業代(みなし残業代)制度とは、すべての社員が一定時間残業を行うものとみなし、残業代を給料に含めておく仕組みです。
残業したとみなす時間は、企業が独自に設定できます。
固定残業代の仕組みは、2017年にトヨタ自動車が導入したことから広まったと言われています。民法や労働基準法によって規定されている制度ではなく、企業が主導するユニークな制度としてはじまったのです。現在では、固定残業代制度を導入している企業はかなりの数存在します。
参考:トヨタ、裁量労働 実質拡大 一定の「残業代」保証 – 日本経済新聞
残業があったものと「みなす」のが固定残業代制度
社員の残業とは本来、業務時間内に職務が終わらなかった際に発生するものです。そのため部署や社員によってばらつきがあり、社員が同じ残業時間となることは多くありません。
固定残業代制度では、実際に残業したかどうかにかかわらず、前もって決めた残業時間分の賃金を社員に支払います。もちろん、固定残業時間を超過した分は、別途残業代が支払われる仕組みです。
固定残業代制度の対象となる社員は?
固定残業代制度は、企業が独自に導入する制度です。そのため、対象となる社員の範囲も法律で定められているわけではなく、企業の裁量によって自由に決められます。
社内で統一する必要もなく、部署や職種によって条件を調整することも可能です。
実際の残業時間とは関係なく支給される
固定残業代制度を導入している場合、社員が実際に残業した時間に関係なく、一定の固定残業代が支払われます。そのため、たとえば企業がみなし残業を20時間と設定した場合において、その社員が実際には残業を1時間しか行っていなくても、20時間分の残業代が支払われるのです。
残業時間が設定より多い場合はどうなるのか?
実際の残業時間が、固定残業代制度によって設定された残業時間を超過した場合、雇用主は超過した残業時間に対して残業代を計算して支払う義務があります。そのため、固定残業代を支払っているからといって上限なく残業を命じても問題ないというわけではありません。
みなし残業時間はどのぐらいが妥当なのか?
固定残業代制度で設定できる残業時間も企業が決められますので、業種や繁忙度合いで左右されるといえるでしょう。なお、労働基準法により、時間外労働の上限は原則月45時間・年360時間と定められていますので、一般的には月45時間を超える固定残業を設定することはできません。
企業としては、月に20〜30時間に抑える形で固定残業を設定するのが良いでしょう。
固定残業代制度のメリット
固定残業代制度には、以下のようなメリットがあります。
それぞれ詳しく解説します。
社員間の公平さを維持しやすい
従来の残業制度では、残業時間に関して不公平だと感じるケースがみられます。たとえば、業務効率が高い人は効率的に職務をこなし、勤務時間内にすべての職務を終えて定時退社することが可能です。一方、同じ仕事量を与えても業務効率が良くない人だと勤務時間中に終わらず、残業しなければいけないという事態となります。
しかし、残業によって追加の賃金である残業代が発生すると、効率的に仕事を終わらせた社員にとっては不公平であるように感じるでしょう。
固定残業代は、このような不公平を解消できるメリットがあります。一定残業時間までなら全員に同じ残業代を支給しているため、仕事の効率が良い人なら固定残業代に含まれている残業時間内で帰宅することが可能となるためです。
経理の残業代計算が迅速化できる
社員によって残業時間にばらつきがあると、給与計算を行う経理スタッフはそれぞれの社員の残業時間をチェックしながら給料の計算を行います。そのため、社員の数が多いと計算にそれだけ時間がかかり、負担が大きくなってしまうでしょう。
しかし、固定残業代制度を導入していれば、残業代の計算にかかる工数を大幅に削減できます。
人件費を把握しやすくなる
固定残業代制度ならば、人件費に毎月どのぐらいの費用がかかるのか、予想を立てやすくなります。残業代を含めた人件費を把握できた上で、将来的な経営戦略や事業計画を立てられるのは大きなメリットです。
固定残業代制度のデメリット
固定残業代制度には多くのメリットがありますが、以下のようなデメリットもみられます。
それぞれ詳しく解説します。
求人募集で勘違いする求職者が多い
固定残業代は定額であり、支給される給与に含まれています。そのため応募する求職者の中には、基本給と固定残業代を合わせた額を基本給だと勘違いするケースが少なくありません。
この誤解をしたまま働きはじめてしまうと、残業しても残業代を支払ってもらえないといったトラブルが起こりやすくなったり、「思っていた給与体系ではなかった」と早期離職につながったりする可能性があります。そのため、面接などで自社の給与体系について説明しておくとよいでしょう。
残業時間の上限がないと勘違いされやすい
固定残業代制度では、企業が設定した残業時間に対する残業代を支払っておく制度です。そのため、実際の残業時間が設定時間よりも短くても、企業は社員に固定残業代を支払わなければいけません。また、実際に残業した時間が設定時間より長ければ、企業は超過分の残業代を支払う必要があります。
しかし、社員や求職者からは「固定残業代制度だと、残業させるために必要な賃金をすでに支払っているとみなされるので、上限なく残業させられる」と勘違いされる傾向があります。そのため、この点も求職者に説明しておけば離職防止などに役立つでしょう。
固定残業代制度を導入する際の注意点
固定残業代制度はうまく活用すれば、企業と社員の双方にとって役立つ制度です。しかし、制度を導入する際に気をつけるべき点がありますので、ご紹介します。
求人募集を出す際は固定残業代と基本給を分けて記載する
残業代における求職者との認識の違いを防ぐためには、求人募集を出す際には基本給がいくらで固定残業代がいくらなのか、明示しなければいけません。求人票などに記載する月給の項目では固定残業代を含めがちですが、求職者が誤解するケースもあります。
そのためトラブルを避けるためには、求人募集では固定残業代について誰がみてもわかるように明示するのが有効でしょう。
社員に固定残業代制度について周知しておく
固定残業代制度でも、設定していた以上の残業時間が発生すれば、企業は残業代を計算しなければいけません。そこで、何時間の残業時間を超えたら超過残業代の支払対象となるのかを社員へ周知するとともに、超過残業代の計算方法についても紹介しておけば理解を得やすくなるでしょう。
なお、固定残業代制度による枠を超えた分の残業代計算に関しては、労働基準法37条によって定められている計算方法が採用されます。
残業代の一般的な計算方法
1時間当たりの賃金額×時間外労働時間数×1.25(割増率)
(時間外、休日及び深夜の割増賃金)
第三十七条使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
②前項の政令は、労働者の福祉、時間外又は休日の労働の動向その他の事情を考慮して定めるものとする。
③使用者が、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、第一項ただし書の規定により割増賃金を支払うべき労働者に対して、当該割増賃金の支払に代えて、通常の労働時間の賃金が支払われる休暇(第三十九条の規定による有給休暇を除く。)を厚生労働省令で定めるところにより与えることを定めた場合において、当該労働者が当該休暇を取得したときは、当該労働者の同項ただし書に規定する時間を超えた時間の労働のうち当該取得した休暇に対応するものとして厚生労働省令で定める時間の労働については、同項ただし書の規定による割増賃金を支払うことを要しない。
④使用者が、午後十時から午前五時まで(厚生労働大臣が必要であると認める場合においては、その定める地域又は期間については午後十一時から午前六時まで)の間において労働させた場合においては、その時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
⑤第一項及び前項の割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。
出典:労働基準法 | e-Gov法令検索
残業時間を適切なラインに設定する
固定残業代制度を導入する際には、企業側が残業時間の上限を適切なラインに設定しなければいけません。上限が高すぎると、残業時間の程度にかかわらずまとまった額の人件費が固定費としてかかってしまいます。しかし上限が低すぎてしまっても、固定残業代制度を導入する意味がなくなってしまうでしょう。
そのため、残業時間の上限は現状を把握して分析した上で、適切なラインを設定することが重要です。
残業の上限は法律で規制されている
働き方改革によって、残業の上限が法律によって規制されました。
休日労働を含まない時間外労働の上限は、原則として、月45時間・年360時間です。
この上限は、固定残業代制度によって設定したみなし残業時間を含んでいます。
なお、臨時的な特別な事情があり、かつ労使が合意する場合は、この上限を超えて働くことも可能ですが、以下の条件を守る必要があります。
- 時間外労働が年720時間以内
- 時間外労働と休⽇労働の合計が⽉100時間未満
- 時間外労働と休⽇労働の合計について、「2カ月平均」「3カ月平均」「4カ月平均」「5カ月平均」「6カ月平均」がすべて1⽉当たり80時間以内
- 時間外労働が⽉45時間を超えることができるのは、年6カ月が限度
この条件を守らなかった場合には、罰則(6カ月以下の懲役または30万円以下の罰⾦)が科される恐れがあります。
出典:厚生労働省「時間外労働の上限規制 わかりやすい解説」
固定残業代制度はどのような業界で採用されているのか?
固定残業代制度は業界によって向き不向きがありますので、どのような業界で採用されているのかご紹介します。なお、同じ業界でも、その職場の働き方や職種による特徴が影響している場合もあります。
固定残業代制度が適用されやすい業種
固定残業代制度は、残業時間が固定化しやすい職種や実際の残業時間を把握しにくい職種に対して、適用されるケースが多いです。
部門や職種にもよりますが、自動車業界やIT業界で多く採用されています。
固定残業代制度が適用されにくい業種
一方シフト勤務となることが多い職種では、固定残業代制度は適用されにくい傾向があります。具体的には、病院や介護施設が挙げられます。このような業種では、働いた時間の分だけ残業代を計算するところが多いです。
固定残業代制度を導入するには
固定残業代制度は、社員間の公平の維持や残業代計算の迅速化などから導入している企業が増えています。しかし、求職者の中には当該制度について十分に理解していない人もいますので、トラブルや早期離職につながる恐れがあります。
そのため、求人募集や面接で、固定残業代制度を導入していることやその内容についてしっかりと伝えておくことが重要です。社員のモチベーションアップにつながるように、メリットを最大限活かせるようにして導入しましょう。