契約書の検索や要約だけでなく、契約書のドラフト作成や相手方への送信、さらには締結の手続きまでをAIエージェントが担う場面が、現実のものになりつつあります。業務の効率化が期待できる一方で、「AIが権限を超えて契約してしまったら?」「金額や相手方を間違えて発注したら?」と、不安を感じる法務担当者の方も多いのではないでしょうか。
現行法のもとでは、AI自体が契約の当事者や独立した責任主体になることは、通常は想定されていません。もっとも、AIが行った行為を誰の意思表示と捉えるか、契約の効果や生じた損失を誰が負担するかは、AIにどこまでの権限を与えていたか、人による確認を挟んでいたか、相手方がどう認識していたか、利用規約や当事者間の契約でどう定めていたか、といった事情によって変わり得ると考えられます。「誰が責任を負うか」の答えは一律に決まっているのではなく、AIをどのような設計で使っていたかに大きく左右されるのです。
本記事では、「契約が成立・有効となるか」という論点と、「損害が生じた場合に誰が責任を負うか」という論点を分けたうえで、現行法で説明できる部分とまだ議論が続いている部分を整理し、AIエージェントを契約業務に取り入れる企業がいま整備しておくべきガバナンスまでを、弁護士が解説します。
記事執筆:中澤泉(弁護士)
AIエージェントが契約締結に関与する場面
AIエージェントとは、与えられた目標や指示に対して、自らタスクを決定・実行するAIのことです。こうしたAIエージェントは、契約業務の分野でも活用が始まっています。ひとくちに「AIが契約に関与する」といっても、その関与の深さにはかなりの幅があり、おおまかには次の3段階に整理できます。
- 契約書の検索・要約・ドラフト作成などの支援(最終判断は人が行う)
- 相手方への送信や社内の承認依頼など、手続きの実行
- 契約条件の決定から締結までの自律的な実行
現在提供されているサービスの多くは、①を中心に、重要な操作の前に人が確認・承認する設計を採っています。
しかし、②③の領域に踏み込むほど、社内で認められた権限を超えた契約を締結してしまう、金額・数量・相手方を誤って発注してしまう、あるいは第三者の不正な指示によって意図しない処理が実行される、といったトラブルが起こり得ます。
本記事では、主にこの②③の場面で問題が顕在化したケースを想定して、法的な整理を進めます。
現行法の整理:AIの処理は企業・利用者の「意思表示」になるのか
まずは、「AIが関与して締結された契約が成立・有効となるか」を考える前提として、AIが行った処理が法的に誰の行為と評価されるのかを整理します。
AIは契約の当事者にはなれない
現行法上、権利や義務の主体となれるのは、人(自然人)と法人です。AIには法人格がないため、AI自身が契約の当事者になったり、契約上の義務を負ったりすることはありません。この点は、現行法のもとで異論なく説明できる部分です。
AIの行為は利用者に帰属するのが基本
では、AIが行った発注や締結の操作は、法的にどう位置づけられるのでしょうか。
一般的な整理としては、担当者が指示した内容をAIが実行しているにすぎない場合、いわばAIを自分の手足のような道具として使っている場合には、「AIの判断に従って契約する」という利用者の意思があり、AIの処理はその意思を実現する手段にすぎないため、行為の効果は利用者に帰属すると考えられています。
ただし、これは固定的な結論ではない点に注意が必要です。AIにどの範囲の権限を与えていたのか、実行前に人による確認を挟む設計だったのか、相手方はAIによる処理であることをどう認識していたのか、利用規約や当事者間の基本契約でどのような定めを置いていたのか。こうした事情によって、「誰の意思表示と評価するか」「効果を誰に帰属させるか」の判断は変わり得ます。
たとえば、AIが作成した契約内容を人が確認して承認ボタンを押す設計であれば、その承認者の意思表示として説明しやすい一方、条件の決定から締結までAIが自律的に完結させる設計では、どの時点の誰の意思に基づく行為と捉えるのかが問題となりやすくなります。AIの自律性が高まるほど、この評価は単純ではなくなっていくでしょう。
AIを「代理人」とみなせるかは未確立
AIエージェントの「エージェント(agent)」は、もともと「代理人」を意味する英語です。しかし、民法の代理は、本人から代理権を与えられた「人」が意思表示を行うことを前提とした制度であり、法人格のないAIに代理の規定をそのまま適用することはできません。
そのため、AIの行為をどのような法的枠組みで人に帰属させるかについては、道具として整理する考え方のほか、代理の規定を類推する考え方、外部のAIサービスを利用する場合には提供事業者への委託として構成する考え方など、複数のアプローチが議論されている段階です。この部分は、現行法で確立しているとはいえず、今後の裁判例や立法の動向を注視すべき「未確立」の領域といえます。
AIが「想定外の契約」をした場合はどうなる?
ここからは、「AIが関与して締結された契約が成立・有効となるか」という効力について、実務で想定される3つの場面ごとに見ていきます。
金額や数量を誤った場合
AIが指示の解釈を誤り、想定外の内容で契約してしまうケースは、最も起こりやすいトラブルといえます。たとえば、担当者が「例年どおりの条件で業務委託の発注書を送っておいて」と指示したところ、AIが参照する過去データを取り違え、委託料の単価を1桁多い金額で記載した発注書をそのまま相手方に送信し、相手方が承諾してしまったケースなどです。このような場合でも、外形的には利用企業の意思に基づく契約として成立していると評価される可能性があります。
そのうえで問題になるのが、錯誤(民法95条)による取消しです。表示された内容と利用者の真意に食い違いがあり、それが契約の重要な部分に関わる場合には、錯誤を理由とする取消しを主張する余地があります。もっとも、錯誤が表意者の重過失によるものだった場合には、原則として取消しが制限されます(民法95条3項)。AIへの指示が曖昧だった、確認を怠ったといった事情が重大な過失と評価されるのかは、今後の裁判例の蓄積を待つ部分ですが、運用体制の整備状況が判断に影響する可能性はあるでしょう。
権限を超えて契約した場合
社内規程上の決裁権限を持たない担当者がAIに指示して契約を締結させた場合や、AIが設定された権限の範囲を超えて締結まで進めてしまった場合はどうでしょうか。
人間の担当者が権限なく契約した場面であれば、民法の無権代理・表見代理の規定によって処理されます。無権代理とは、代理権のない者が行った契約は、本人が後から認めない限り本人に効力が及ばないとする仕組みです(民法113条)。他方で、相手方から見て代理権があるかのような外観があり、その外観を作り出したことについて本人にも責任がある場合には、取引の相手方を保護するために、契約の効力が本人に及ぶことがあります。これが表見代理です(民法109条・110条など)。
AIが介在する場合にこれらの規定を類推適用できるかは、未確立の論点です。もっとも、相手方から見れば、画面の向こうで操作しているのが人間かAIかは区別がつかないことも多いはずです。そう考えると、権限があるかのような外観を作り出した側、すなわちAIの権限設定や運用管理に不備があった利用企業側が、取引の安全のためにリスクを引き受ける方向で調整される場面は増えていくのではないかと考えられます。
また、実務上は、IDやパスワードを用いて行われた取引を「本人(名義人)の行為とみなす」旨の条項を、取引基本契約や利用規約に置いておくことが広く行われています。経済産業省の「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」でも、こうした事前の合意がある場合には、なりすましや権限外の利用があっても契約の成立が認められ得るという整理が示されており、AIエージェント経由の取引についても、当事者間の合意によってリスク分担をあらかじめ明確にしておくことが有効と考えられます。
参考:経済産業省「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」(令和7年2月12日改訂)
不正な指示で契約された場合
第三者がプロンプトインジェクションなどの手法でAIに不正な指示を与え、利用企業が意図しない契約が締結されてしまった場合はどうでしょうか。プロンプトインジェクションとは、AIが読み込む文書やデータの中に不正な指示を紛れ込ませ、AIに本来の指示とは異なる動作をさせる攻撃手法のことです。
この場合、利用企業には契約を締結する意思がそもそも存在しないため、契約は成立しないと考える余地があります。もっとも、前述のような「ID・パスワードによる取引は本人の行為とみなす」といった合意がある場合や、利用企業側の管理不備が不正利用を招いたと評価される場合には、契約の効果を否定できない、あるいは損害賠償の負担を求められる可能性も否定できません。なりすまし・不正指示のリスクを誰が負うのかは、セキュリティ対策の水準や契約条項の内容に左右される、ケースバイケースの判断になるでしょう。
なお、国際的にも、UNCITRAL(国連国際商取引法委員会)やELI(ヨーロッパ法律協会)が、AIを含む自動化されたシステムによる契約締結について、行為の帰属先や想定外の行為のリスク分担に関するルールのモデルを提案するなど、議論が進んでいます。日本法における解釈論・立法論も、今後こうした国際動向を参考に深まっていくと予想されます。
3つの場面の法的枠組みと確立度の一覧
ここまで見てきた3つの場面と、問題になり得る法的枠組み、現行法での確立度を一覧に整理します。
| 場面 | 問題になり得る法的枠組み | 現行法での確立度 |
|---|---|---|
| 金額・数量などを誤って契約 | 錯誤による取消し(民法95条)、重過失の有無 | 枠組みは現行法で説明可能。あてはめは事案次第 |
| 権限を超えて契約 | 無権代理・表見代理(民法113条・109条・110条等)の類推、ID・パスワード利用に関する合意 | 類推の可否は未確立。合意による手当てが実務上有効 |
| 第三者の不正な指示による契約 | 意思表示の不存在、規約・契約によるリスク分担、管理責任 | 事案の蓄積待ち。契約条項と管理体制が判断を左右 |
利用企業・担当者・サービス提供者の責任分界
ここからは、もう1つの論点である「損害が生じた場合に、誰がその責任を負うのか」を整理します。契約の成立・効力の問題とは区別して考えることが、混乱を避けるポイントです。
まず、相手方との関係では、契約が有効に成立していると評価される限り、その履行責任を負うのは契約当事者である利用企業です。AIの誤作動を理由に履行を拒むことは、原則として難しいと考えられます。
また、契約の効力とは別に、AIの利用に起因して相手方や第三者に損害を与えた場合には、不法行為責任(民法709条)が問題になることもあり得ます。
不法行為責任とは、故意または過失によって他人に損害を与えた者が、その損害を賠償しなければならないとする責任です。ここでいう過失とは、払うべき注意を怠ったこと(注意義務違反)を指すため、実際の場面では誰にどの程度の注意義務違反が認められるかが争点となり、その判断は、AIの利用形態や管理体制に左右されることになるでしょう。
次に、社内の関係では、権限外の指示をした担当者の規程違反や、管理体制を整備しなかったことについての責任が問題になり得ます。もっとも、これは基本的に社内の労務・ガバナンスの問題であり、対外的な責任とは切り分けて考えるべきものです。
そして、AIサービスの提供事業者(ベンダー)との関係では、契約や利用規約による責任分配が中心になります。AIの出力には技術的な限界があるため、出力結果の正確性を保証しない旨の条項が置かれていることが一般的で、ベンダーにすべての責任を負わせる構成は現実的には難しい場合が多いでしょう。だからこそ、障害発生時の対応義務や責任制限の範囲を、導入時の契約で確認・交渉しておくことが重要になります。
この点に関連して、経済産業省は2026年4月、「AI利活用における民事責任の解釈適用に関する手引き」を公表しています。同手引きは、不法行為法などの現行法がAI利用時の事故にどのように解釈適用され得るかの方向性を示すもので、AIを人の判断の補助として使う類型か、AIの判断に依拠して業務を代替させる類型かによって、関係者の責任の考え方を整理しています。AIエージェントについても補論で触れられており、自社の利用形態がどちらの類型に近いのかを意識することは、責任の所在を検討するうえで参考になるでしょう。
参考:経済産業省「AI利活用における民事責任の解釈適用に関する手引き」(2026年4月公表)
いま企業が整備すべきガバナンス
ここまで見てきたとおり、AIエージェントをめぐる法的な評価は、「AIにどのような権限を与え、どのような管理のもとで使っていたか」に大きく左右されます。
裏を返せば、ガバナンスの整備がトラブルの予防になるということです。契約締結の場面に即して、整備すべきポイントを4つに整理します。
人による承認の設計
契約条件の確定、相手方への送信、締結の実行といった対外的な効果を生む操作については、AIに完結させず、人が最終確認・承認するプロセスを設けることが基本です。こうした設計は、AIの処理の流れに人間の判断を組み込むという意味で「ヒューマン・イン・ザ・ループ」と呼ばれます。
すべての契約を一律に扱う必要はなく、たとえば定型的で少額な契約は効率化を優先し、高額な契約や非定型の契約は必ず人の承認を経る、といったリスクに応じた設計も考えられます。いずれにしても、どの操作までをAIに任せ、どこから人の承認を必須とするのか、その線引きを明文化しておきましょう。
権限設定・実行上限
誰がAIに指示を出せるのか、どの類型の契約までAIに任せるのか、金額や件数の上限をどこに置くのかについて、システム上の設定と社内規程の両面で管理します。
既存の職務権限規程や契約締結権限のルールと、AIに与える権限との整合を取っておくことが、権限外の契約を防ぐうえで重要です。
操作・指示ログの保存
誰が、いつ、どのような指示を出し、AIが何を実行したのかを、事後に検証できる形で記録・保存しておきます。
ログは、トラブル発生時の原因究明や責任の切り分けの土台になるだけでなく、契約の成立や経緯を立証する証拠にもなり得ます。後から証拠として使う可能性を意識して、改ざんされにくい形で保存しておきましょう。
規程・契約面の手当て
AIの利用範囲や承認フロー、禁止事項を定めた社内規程の整備に加え、ベンダーとの契約で責任分界を明確にしておくことも重要です。
あわせて、取引先との基本契約についても、ID利用に関する条項をはじめとする電子的な取引の取り扱いを確認し、必要に応じて見直しておきましょう。
ガバナンス整備のチェックリスト
ここまで見てきた4つのポイントを、チェックリストとして整理します。自社の現状を確認する際にご活用ください。
| チェック項目 | 確認する内容 |
|---|---|
| 承認 | 送信・締結などの対外的な操作について、人による承認を必須としているか |
| 権限・上限 | 誰が指示できるか、任せる契約の類型や金額・件数の上限を設定し、職務権限規程と整合しているか |
| ログ | 指示・実行の記録を、改ざんされにくい形で保存しているか |
| 規程・契約 | 社内規程を整備し、ベンダーとの責任分界を明確にするとともに、取引先との合意条項を確認しているか |
電子契約サービスも「AIエージェント前提」へ
AIエージェントの業務利用が広がるなかで、電子契約サービスの側でも、AIエージェントとの連携を前提とした基盤づくりが進んでいます。
その中心となるのが、MCP(Model Context Protocol)と呼ばれる仕組みです。MCPとは、AIエージェントが外部のサービスやデータと連携するための共通規格で、サービスがこれに対応すると、AIエージェントが利用者の指示を受けて、そのサービスの機能を直接呼び出せるようになります。
GMOサインでも、2026年6月にMCPサーバーの提供を発表しました。インターネット経由で接続できるリモートMCPとして提供される予定で、AIエージェントからGMOサインの電子契約機能を利用できるようになるものです。一般提供の開始は2026年秋ごろが予定されています。
こうした基盤が整えば、相手方への契約書の送信や締結の実行までAIが担う場面は、より現実的なものになっていくでしょう。
だからこそ、本記事で整理した人による承認、権限や上限の管理、ログの保存といったガバナンスは、こうした連携基盤をどう設計・運用するかという問題と一体で考えていく必要があります。
まとめ:責任の所在は「AIの使い方の設計」で変わる
AIエージェントが契約を締結しても、現行法のもとでは、AI自体が契約の当事者や独立した責任主体になることは通常想定されておらず、「AIがやったことだから誰も責任を負わない」という空白が生じるわけではありません。
他方で、契約の効果や損失の負担が最終的に誰に割り付けられるかは、AIに与えた権限の範囲、人による確認の有無、相手方の認識、利用規約や当事者間の契約の内容といった、「AIをどう使う設計にしていたか」によって変わり得ます。
だからこそ、いま企業に求められるのは、法律の結論を待つことではなく、人による承認の仕組み、権限や実行上限の設定、操作ログの保存といったガバナンスを先に整えておくことです。これらは、どのような法的整理に落ち着いたとしても無駄にならないだけでなく、万一の紛争時に自社の立場を支える材料にもなります。
そのうえで、どこまでをAIに任せてよいか、規程や契約をどう見直すべきかは、各社の利用形態や取引の内容によって答えが変わります。AIエージェントの導入判断や社内規程の整備、取引先・ベンダーとの契約条項の見直しなど、自社の具体的な対応については、顧問弁護士に相談しながら進めることをおすすめします。

執筆:中澤泉(弁護士)
2015年に中央大学法科大学院を修了し、2016年に弁護士資格を取得。弁護士事務所にて債務整理や交通事故、離婚、相続など幅広い案件を担当。その後、大手メーカーでのインハウスローヤーを経て、現在は弁護士として主に企業法務に携わる。その傍らでライターとしても活動し、2025年に合同会社ことりうみを設立。同社にて法律記事の執筆・監修を手がけている。専門性と読みやすさを両立したコンテンツ制作が強み。










