電子契約、特に立会人型の電子契約では、メールを受け取った担当者が画面上の操作だけで契約を成立させられます。便利な一方で、契約締結権限のない担当者が署名・送信した場合に、その契約の有効性が問題となる場面があります。
企業の取引においては、会社を代理する権限のない者が会社の代理人として契約を結んでも、原則として会社に効力は及びません。これを「無権代理」といいます。電子契約だからといって例外があるわけではなく、紙の契約と同じく民法の代理に関するルールが適用されます。一方で、電子契約には、メール認証という仕組みに起因する、紙の契約とは異なる構造上のリスクがあります。
この記事では、電子契約における無権代理の基本を押さえたうえで、問題が起きやすい場面、契約の効力、近接する概念との違い、企業として取るべき実務対策、発覚した場合の対応までを、企業の法務・総務担当者に向けて解説します。
- 代理権のない者が結んだ契約は、会社が追認しなければ原則として会社に効力が及ばない(民法113条)。電子契約でも紙の契約と同じルールが適用される
- 立会人型の電子契約はメールを受け取った人がそのまま同意操作できるため、「メールを開ける人」と「締結権限を持つ人」のズレから無権代理が起こりやすい
- 無権代理でも、表見代理が成立すれば会社に効果が及び、追認されなければ署名した社員個人が責任を負う可能性がある
- 対策は、相手方の締結権限者の事前確認、表明保証条項、当事者型署名の活用、自社の権限規程・承認フロー・システム権限設定の4つの観点で整える
記事執筆:中澤泉(弁護士)
電子契約における無権代理とは
まずは、無権代理に関する民法の基本を押さえたうえで、電子契約という仕組みのなかで無権代理がどのように起こり得るのかを見ていきましょう。
代理権のない者が結んだ契約は原則として会社に効力が及ばない
会社の契約は、本来、代表者や、代表者から契約締結権限を委ねられた者(=代理人)が締結するものです。そのような権限(=代理権)を持たない者が契約を締結してしまう行為を「無権代理」と呼びます。
民法第113条第1項では、代理権を有しない者が他者の代理人として行った契約について、「本人がその追認をしなければ、本人に対してその効力を生じない」と定めています。ここでいう「本人」とは、契約の効力が及ぶ相手をいい、会社取引の場面では会社がこれにあたります。「追認」とは、会社が後から無権代理による契約を有効なものとして認めることです。
つまり、原則として、無権代理によって結ばれた契約は会社には効力が及びません。たとえば、代表者印を勝手に押して契約書を作成してしまったケースや、委任の範囲を超えて契約を結んでしまったケースは、無権代理の典型例とされています。
電子契約も契約である以上、民法の代理に関するルールが原則どおり適用されます。電子的に締結したから無権代理にならない、という特別な扱いはありません。
電子契約で無権代理が起こる構造的な理由
電子契約では、紙の契約での「押印」や「サイン」にあたるものとして、「電子署名」が用いられます。電子署名は、その契約書を誰が作成・同意したのかを示し、後から内容が改ざんされていないことを担保します。
当事者型は、契約当事者それぞれが自分の電子署名を付与する方式です。電子署名するには、電子認証局が発行する「電子証明書」と、それとペアになる「署名鍵」が必要になります。電子証明書は、いわば電子上の印鑑証明書のようなもので、第三者機関である電子認証局が事前に本人確認を行ったうえで発行します。署名鍵は、電子署名を作成する際に使う電子的な鍵で、電子証明書の名義人だけが持つものです。電子証明書と署名鍵がなければ電子署名できない仕組みなので、社内でこれらを契約締結権限者だけが管理するようにすれば、無権代理が起こりにくい構造になります。
一方、立会人型は、契約当事者ではなく、サービス提供事業者が当事者の指示に基づいて電子署名を付与する方式です。電子署名に使われる電子証明書と署名鍵は、契約当事者ではなく事業者のものなので、それだけで当事者の意思確認を行うことはできません。この場合、「指示を出しているのが本当に当事者なのか」を確認する必要があります。実務で多く使われているのが、メールアドレスを使った認証です。
具体的には、相手方のメールアドレス宛に契約書確認用のURLが送られ、そのURLにアクセスして同意することで、電子契約上の締結手続きが完了します。これは、当該メールアドレスの受信者本人しかそのメールを開けない、という前提に立っています。
ここで注意したいのが、「メールを開ける人」と「その契約を締結する権限を持つ人」が必ずしも一致しないという点です。たとえば、相手方の現場担当者がメールを受け取り、そのまま同意してしまっても、その担当者が会社を代表して契約を締結する権限を与えられていなければ、無権代理の問題が生じ得るのです。
一般的に、書面契約では、代表印が金庫などで管理され、押印の際には上長の決裁を要するなど、無権限者が勝手に押印できない仕組みが運用されています。これに対し、立会人型の電子契約では、締結用のメールを受け取った人物が、そのまま画面上で同意操作を行えてしまいます。そのため、立会人型の電子契約では、権限のない担当者が締結まで進めてしまうリスクが相対的に高いと指摘されています。
立会人型の電子契約で無権代理が表面化しやすい3つの場面
では、立会人型の電子契約において無権代理のリスクが実際に表面化しやすいのはどのような場面でしょうか。ここでは、代表的な3つのパターンを見ていきます。
契約交渉の窓口担当者が単独で締結してしまう
電子契約で特によく問題となるのは、取引のやりとりで窓口になっていた担当者が、契約締結の場面でもそのまま同意操作をしてしまうケースです。
たとえば、業務委託契約の交渉を進めてきた取引先の担当者宛に電子契約書が届き、その担当者が画面上の同意ボタンを押して締結まで完了させてしまう。しかし、契約金額や契約期間からすれば、本来は代表者や役員の決裁・押印が必要だった、といった場面です。
書面契約であれば、紙の契約書が社内で回付されていくなかで「自分の権限では押印できない」と気づき、上長や代表者に回す、というプロセスが働きやすかった面があります。電子契約では、メールがそのまま窓口担当者に届いて画面上で同意できてしまうため、こうした社内プロセスがスキップされやすい構造になっています。
メーリングリスト・転送・共有アドレス経由で権限のない人物に契約書のURLが届く
実務でしばしば起きるのが、契約書送信先がメーリングリスト(ML)になっていたり、担当者から別の担当者へメールが転送されたりするケースです。
MLや共有アドレス宛に送信すると、本来想定していなかった人物のもとに契約書のURLが届くことがあります。また、メールを受け取った担当者が「上司不在のため、代わりに自分が見ておこう」といった気軽な気持ちで同意してしまうことも考えられます。これらはいずれも、契約締結権限のない者が締結まで進めてしまう典型的な経路です。
電子契約サービスによっては、受信者側でログインを必須にする設定や、開封時の追加認証を組み合わせる機能を備えています。無権代理を防ぐためには、こうした追加の仕組みも検討する価値があります。
自社側のリスク|権限のない社員が勝手に送信・締結
無権代理というと、相手方の担当者に権限がなかったケースを思い浮かべがちですが、自社側でも問題になり得ます。すなわち、自社のなかで締結権限のない社員が、上長の承認を経ずに勝手に取引先へ電子契約を送り、合意まで進めてしまうケースです。
たとえば、建設業界では、元請業者・下請業者間において、現場監督が担当する工事現場の赤字を埋めるために、別の現場で架空発注をするなどして、穴埋めを行うといった不正が行われるケースがあります。
立会人型の電子契約で担当者が操作可能な環境にある場合、代表印の管理が必要な書面契約よりも、こうした無権代理行為が容易に行われるリスクがあります。
無権代理があった場合の電子契約の効力
無権代理によって結ばれた電子契約は、原則として本人に効力が及びません。この原則をめぐっては、追認の可否、相手方への影響、無権代理人個人の責任など、関連する論点があります。ここでは、それぞれの論点を順に整理していきます。
会社が追認すれば契約時にさかのぼって有効になる
会社の代表者から契約締結権限を与えられていない担当者が、勝手に電子契約に同意してしまったケースでも、会社が後からその行為を追認すれば、その契約は契約時にさかのぼって有効になります(民法第116条本文)。
会社にとって有利な内容の契約であれば、あえて追認して契約関係を成立させる、という判断も実務上あり得ます。
逆に、会社にとって不要・不利な契約であれば、「追認拒絶」によって、会社に効力が及ばないことを確定させることができます。追認するか拒絶するかは、会社の判断に委ねられているのが原則です。
無権代理人と契約をした相手方を保護する仕組み
無権代理人と契約をした相手方は、会社が追認するかどうかが定まらない間、不安定な状態に置かれます。そのため、民法は相手方を保護する仕組みを用意しています。
一つは「催告権」です。相手方は、会社に対して、相当の期間を定めて追認するかどうかを確答するよう催告できます(民法第114条)。期間内に確答がなかったときは、追認を拒絶したものとみなされる点が実務上のポイントです。
もう一つは「取消権」です。相手方が、契約のときに無権代理であることを知らなかった場合には、会社が追認しない間に限り、契約を取り消すことができます(民法第115条)。
勝手に署名した社員個人も責任を負う可能性がある
無権代理が問題になる場面で見落とされがちなのが、勝手に署名・同意してしまった担当者個人の責任です。
民法第117条は、他人の代理人として契約をした者がその代理権を証明できず、本人の追認も得られない場合、相手方の選択に従って、契約の履行または損害賠償の責任を負うことを定めています。つまり、会社が追認しない場合、無権代理行為をした担当者個人が、相手方に対して直接責任を負う可能性があるということです。
無権代理・表見代理・なりすまし・署名代理の違い
無権代理の話を進めるなかで、しばしば「表見代理」「なりすまし」「署名代理(代理署名)」といった用語が登場します。いずれも似ているようで、効力や責任の所在が異なるため、混同するとトラブル時の判断を誤りかねません。ここでは、それぞれの位置づけを整理しておきましょう。
無権代理・表見代理・なりすまし・署名代理を効力と責任の所在で比較
まずは、無権代理・表見代理・なりすまし・署名代理の違いを表で確認しましょう。
| 項目 | 無権代理 | 表見代理 | なりすまし | 署名代理 |
|---|---|---|---|---|
| 定義 | 代理権がないのに代理人と称して代理行為を行うこと | 無権代理であるにもかかわらず、代理権があるような外観を信じた相手方を保護する制度 | 会社とは関係のない別人が会社の代表者などになりすまして取引を行うこと | 代表者などから権限を与えられた代理人が、代表者の名義で署名を行うこと |
| 代理行為の権限 | なし | なし | 権限以前の問題 | あり |
| 原則の効力 | 会社に効果が生じない | 会社に有権代理と同様の効果が生じる | 会社に効果は帰属しない | 会社に効果が帰属する |
| 例外の根拠 | 追認(民法113条・116条) | 民法第109条・第110条・第112条 | 原則なし。ただし、会社に帰責性がある場合には、別途責任が問題となる余地がある | 該当なし |
| 電子契約での典型例 | 社内決裁権限・契約締結権限のない担当者による契約締結 | 権限のない担当者に役職名が付与されたケース | アカウント乗っ取り等 | 委任を受けた者が代表者名義で署名 |
会社が責任を負う表見代理の3類型
表見代理は、無権代理であるにもかかわらず、一定の要件を満たす場合に、会社が責任を負うとされる制度です。民法は3つの類型を定めています。
① 代理権授与の表示(民法第109条)
会社が「この人に代理権を与えた」と表示していたのに、実際には与えていなかった場合です。たとえば、社内の特定の担当者を「契約締結窓口」と紹介していたケースなどが考えられます。
② 権限外の行為(民法第110条)
本人が一定の代理権を与えていたが、代理人がその範囲を超えて契約してしまった場合です。ある程度の取引については権限を与えられている担当者が、その権限を超える金額の契約に同意してしまうようなケースなどが想定されます。
③ 代理権消滅後の行為(民法第112条)
かつて代理権があったが、すでに代理権が消滅した後に代理人として行動した場合です。たとえば、ある契約について代理権を与えられていた担当者が、その代理権が終了した後にも引き続き電子契約に署名してしまうようなケースなどが考えられます。
いずれの類型でも、会社に何らかの落ち度があり、かつ、相手方が代理権の存在を信じたことに正当な理由があると認められたときに、会社に契約の効果が及ぶことになります。
正当な理由の有無を判断する際には、相手方が「善意無過失」であったかが重要になります。「善意」とは、相手方が代理権のないことを知らなかったことを意味します。また、「無過失」とは、通常求められる注意を払っても、代理権がないことに気づけなかったことを意味します。電子契約では、送信先のメールアドレス、担当者の肩書、過去の取引経緯、会社側の説明内容などから見て、代理権があると信じてもやむを得なかったかが問題になります。
なりすまし|第三者が代表者を装うケース
なりすましは、会社とは関係のない別人が、会社の代表者などになりすまして契約してしまうケースです。メールアカウントの乗っ取りやID・パスワードの漏えいによる不正アクセスなどが典型です。
たとえば、A社の代表者のメールアカウントが第三者に乗っ取られ、その第三者がA社の代表者になりすまして電子契約に同意してしまう、といった場面が考えられます。この場合、A社の代表者は契約に関与していないにもかかわらず、外形的には「A社の代表者のメールアドレスから同意した」ように見えてしまいます。こうしたなりすましでは、そもそも名義人本人が行為していないので、原則として、その契約の効力は名義人に及びません。
ただし、会社側にアカウント管理上の落ち度など一定の帰責性が認められる場合には、会社が責任を問われる可能性も否定できません。
なりすまし対策としては、二要素認証や本人確認書類のチェックなど、認証強化の仕組みが有効です。
電子契約サービス「電子印鑑GMOサイン」でも、SMSアクセスコード認証や本人確認書類の画像添付といった本人確認強化オプションが用意されています。こうした機能を活用すれば、メールを受け取った人が本当に本人であるかを確認しやすくなり、メールアカウントの不正利用や第三者によるなりすましのリスクを下げることにつながります。
代理権を与えられた者が代表者名義で署名する署名代理
署名代理は、代理権を与えられた者が、その権限を与えた人の名義で署名する行為を指します。たとえば、代表者から契約締結の代理権を与えられた部長や課長などの従業員が、代表者名義で署名するケースが典型です。実務上、代表者がすべての契約に自ら署名するのは現実的でないため、こうした運用は珍しくありません。
代理権を与えられている以上、こうした署名は、原則として有効となります。
会社法に基づく論点|表見代表取締役
法人を相手方とする電子契約では、民法の代理に関するルールに加えて、会社法独自の論点が問題となることがあります。
たとえば、担当者が「常務取締役」など、実態のない役職を名乗っており、代表取締役がその外観を黙認していたといった特殊な事案では、会社法第354条(表見代表取締役)の規定やその類推適用が論点となり得ると指摘されています。
もっとも、こうしたケースは限定的な事案であり、結論は個別事情に大きく左右されるため、断定的に判断しないことが重要です。
電子契約における無権代理リスクへの実務対策
無権代理についての理解が深まったところで、ここからは企業として無権代理のリスクをどう抑えるか、実務上の対策を見ていきましょう。
ここでは、相手方の権限確認、契約書の工夫、署名方式の使い分け、自社の社内ルール整備という4つの観点から、実務的な対策を整理していきます。
契約書を送る前に相手方の締結権限者を特定・確認しておく
もっとも基本的な対策は、契約書を送る前に、相手方の契約締結権限者が誰であるかを確認しておくことです。具体的な方法としては、次のようなものが考えられます。
- 取引開始時に、書面やWebフォームで契約締結権限者の氏名・部署・メールアドレスを登録してもらう
- 代表者または相応の役職者から委任状を取得する
- 契約書を送信する宛先を、相手方の担当者一人ではなく、職位の高い人や複数人にする
- 代表者など監督的立場の人のメールアドレスをCCに入れて、社内的な監督ルートを確保する
これらの工夫は、無権代理リスクを低減すると同時に、後に表見代理の成否が問題になった場合に、自社が相手方担当者の権限を信じたことに正当な理由があったと説明する材料にもなります。
署名者の権限について表明・保証条項を契約書に盛り込む
契約書のなかに、署名者の代理権限について表明・保証する条項を設けておく方法もあります。たとえば、「本契約にメール認証による電子署名をもって署名する当事者は、相手方に対し、本契約を締結するために必要な権限を有することを表明し保証する」といった条項です。
こうした条項を設けたからといって、無権代理の問題そのものが消えるわけではありませんが、相手方が権限の存在について誠実に主張していたことを示す材料にはなります。重要な取引では、契約書のひな形に組み込んでおく価値があります。
当事者型の電子署名を求めて相手方社内の承認プロセスを経させる
無権代理リスクを抑える方法の一つとして、相手方に当事者型の電子署名での締結を求めることが考えられます。
立会人型の電子契約では、メールを受け取った担当者がそのまま同意操作を行えるため、契約締結権限のない担当者が締結手続を進めてしまう可能性があります。
これに対し、当事者型の電子署名では、電子証明書と署名鍵を用いて契約当事者が電子署名を行います。相手方に当事者型での締結を求めれば、少なくともメールを受け取った担当者がその場で同意するだけの運用よりは、相手方社内で電子証明書や署名鍵を利用するための確認・承認プロセスを経ることが期待できます。
もっとも、当事者型の電子署名を利用したからといって、相手方の無権代理リスクが完全になくなるわけではありません。電子証明書や署名鍵を相手方社内で誰が管理しているか、どのような承認を経て利用しているかまでは、自社から当然に把握できるとは限らないためです。
そのため、当事者型での締結を求める場合でも、必要に応じて、相手方に社内承認を経ていることを確認したり、権限確認に関する表明保証条項を契約書に入れたりするなど、他の対策と組み合わせて運用することが重要です。
締結権限規程・承認フロー・システム権限設定で自社側の無権代理を防ぐ
ここまでは相手方への対応や契約書、システム面など、主に外向きの対策を見てきました。もっとも、無権代理のリスクは相手方だけでなく、自社側でも生じます。自社の社員が権限なく電子契約を送信・締結してしまわないよう、社内の権限管理や承認ルールを整えておくことも重要です。
自社側の対策としては、誰が、どの範囲の契約まで締結できるのかを社内ルールで明確にし、運用に落とし込むことが基本です。具体的には、次のような取り組みが考えられます。
- 契約締結権限規程の整備と周知
- 金額・契約類型に応じた承認フローの設計
- 電子契約システム上のアカウント発行・利用範囲の管理
- 締結データの社内共有・モニタリングの仕組みの整備
電子契約では、紙の契約書のように代表印を物理的に管理するだけでは、締結権限をコントロールできません。システム上で誰にどの操作権限を与えるのか、どの契約について誰の承認を必須にするのかを設計しておく必要があります。
また、締結済みデータや取引情報が社内の関係者に共有される仕組みを整えておくことも大切です。契約の存在や内容が社内で把握されないまま放置されると、不正な契約締結に気づきにくくなるおそれがあります。
自社の権限管理や社内ルールを整えておくことは、無権代理行為を防ぐだけでなく、電子契約を安全に運用するための内部統制としても重要です。
無権代理が発覚した場合の対応
対策を講じていても、無権代理が完全になくなるわけではありません。万一、疑わしい契約が見つかった場合、企業としてはどう動けばよいのでしょうか。自社の社員が無権代理してしまった場合と、相手方の担当者に契約締結権限がなかった場合に分けて見ていきます。
自社の社員が無権代理してしまった場合
自社の社員が権限なく電子契約を締結してしまった疑いがある場合、まず、当該契約の署名者に本当に締結権限がなかったのかを確認します。社内の権限規程や委任関係、承認フロー、電子契約システム上の操作履歴などを確認し、単なる社内手続違反なのか、対外的な契約締結権限もなかったのかを整理することが重要です。
その結果、契約締結権限がなかったと判断される場合には、会社として追認するか、追認を拒絶するかを検討します。
契約内容が会社にとって有益であり、履行しても問題がないと判断できる場合には、追認することで契約を有効にできます。
追認する場合には、相手方に対して、会社として当該契約を有効なものとして扱う意思を明確に伝える必要があります。後日の紛争を避けるため、追認の意思表示はメールや書面など、記録に残る方法で行うことが望ましいでしょう。なお、相手方が契約時に無権代理であることを知らなかった場合には、会社が追認する前に契約を取り消される可能性があります。そのため、追認する方向で検討する場合には、相手方の意向も確認しながら、早めに対応することが重要です。
一方、不要・不利な契約であれば、追認拒絶の方向で検討することになります。相手方から回答期限を区切って追認の有無を確認された場合には、期限内に対応しなければ、追認を拒絶したものとみなされるため注意が必要です。
また、追認を拒絶しても、それだけで会社の責任が完全に解消されるとは限りません。会社側の権限管理体制に不備があった場合や、相手方が担当者に権限があると信じてもやむを得ない事情があった場合には、不法行為責任や表見代理が問題となる可能性があります。
そのため、会社としては、契約締結までの経緯、社内の承認状況、相手方とのやりとり、電子契約システム上のログなどを早めに保存・整理しておくことが重要です。無権代理を行った社員本人の責任問題に発展する可能性もあるため、本人への聴取や関係資料の保存も行っておきましょう。
相手方の担当者に契約締結権限がなかった場合
一方、自社が無権代理をされた側である場合には、まず、契約関係を維持したいのか、契約から離脱したいのかを整理します。
契約内容が自社にとって有益であり、契約関係を維持したい場合には、相手方の会社に追認を求めることが考えられます。この場合、相手方担当者の役職名、契約締結前のやりとり、過去の取引経緯、相手方からの説明内容などを整理し、なぜ自社がその担当者に契約締結権限があると信じたのかを説明できるようにしておくことが重要です。
相手方の会社が追認するかどうか不明な場合には、回答期限を定めて、追認の有無を確認することも考えられます。口頭のやりとりだけでは後日争いになる可能性があるため、追認を求める場合も、回答期限を設ける場合も、メールや書面など記録に残る方法で行うことが望ましいでしょう。
反対に、契約から離脱したい場合には、相手方の会社が追認する前に、契約を取り消せるかを検討します。もっとも、取り消しが認められるかどうかは、自社が契約時に無権代理であることを知っていたかどうかなどによって変わるため、事実関係を整理したうえで判断する必要があります。
また、相手方の会社が追認しない場合でも、自社側に、相手方担当者に契約締結権限があると信じる正当な理由があったといえる場合には、表見代理の成立を主張できる可能性があります。そのため、相手方がその担当者を契約窓口として表示していた事情、過去にも同じ担当者が同種の契約を締結していた事情、メールの送信元や署名欄、役職名など、権限があると信じた根拠となる資料を整理しておきましょう。
さらに、相手方の会社が追認せず、表見代理の成立も難しい場合には、無権代理を行った担当者個人に対する責任追及を検討することもあります。ただし、実際にどのような請求が可能かは事案によって異なるため、重要な契約や高額な取引では、早めに弁護士など専門家に相談することをおすすめします。
まとめ|電子契約は「権限確認」と「本人確認」の仕組みづくりが鍵
電子契約における無権代理の問題は、民法の代理に関する基本ルールを前提に整理する必要があります。原則として、代理権のない者が結んだ契約は本人に効力を生じませんが、追認の可能性、表見代理の成立、無権代理人個人の責任、不法行為責任など、検討すべき論点は少なくありません。
電子契約は、利便性が高い一方で、メール認証の構造上、書面契約に比べて無権限者が締結まで進めてしまう余地が大きくなり得るという指摘もあります。リスクをコントロールするには、機能(システム)と運用(社内ルール)の両輪を整えることが重要です。

執筆:中澤泉(弁護士)
2015年に中央大学法科大学院を修了し、2016年に弁護士資格を取得。弁護士事務所にて債務整理や交通事故、離婚、相続など幅広い案件を担当。その後、大手メーカーでのインハウスローヤーを経て、現在は弁護士として主に企業法務に携わる。その傍らでライターとしても活動し、2025年に合同会社ことりうみを設立。同社にて法律記事の執筆・監修を手がけている。専門性と読みやすさを両立したコンテンツ制作が強み。










