「遺言」と聞くと、まだまだ自分には関係のない遠い先の話のように思われるかもしれません。でも、決して他人事ではありません。
働き盛りの自分に「もしものこと」があったら?事実婚の場合は?パートナーシップ制度はどこまで役に立つのか?両親が遺言を残さずに亡くなってしまった場合にはどうなるのか…?
そんな私たちの不安に備えるツールである「遺言」について、解説します。
※本記事は2023年3月時点の情報を元に作成しています。
目次
遺言とは?
「遺言」とは、「言葉」を「遺(のこ)す」という文字通り、自分の最後の思い、特に自分の財産について死後に「どうしたいか」「どう分けてほしいのか」について、決まった作り方で書面に残すものです。
そして、万が一亡くなってしまったときに、遺言に書いた内容に従って財産が分けられることになります。遺言は「最後の思い」が死後に反映されるツールです。しかし、ただ紙に書いたり、動画で残したりしておけばよいというものではありません。決まった作り方があるのです。
遺言の方式
遺言(法律上は「いごん」と読みます)の方法については、民法で具体的なルールが決められています。ですので、たとえば「誰かに口頭で伝えておく」とか「単にメモ書きを残しておく」というだけでは、基本的に法的に有効な遺言とはなりません。きちんと有効な遺言を作るためには、そのルールを知ることが大切です。
民法では、遺言の種類がいくつか定められていますが、その中でも「自筆証書遺言」「公正証書遺言」の2種類が主流ですので順にご説明します。
(1)自筆証書遺言(民法第968条)
自ら手書きで作成する遺言です。
①自筆証書遺言のメリット
・思い立ったらいつでも作ることができ、書き直しも自由である
・作成に費用がかからない
②自筆証書遺言のデメリット
・相続財産のリスト(財産目録)部分を除き、すべて自ら手書きで書く必要がある。
(PCやワープロで書いて紙に印刷したものは無効)
・どこにしまったか忘れたり、無くしてしまったり、誰かに隠されてしまうリスクがある
・死後に勝手に開封できず、家庭裁判所で「検認」という手続をする必要がある
自筆証書遺言には上述のようなデメリットがありますが、2020年から始まった「自筆証書遺言書保管制度」を利用すれば、デメリットをかなり減らすことができます。
自筆証書遺言書保管制度とは、自分で書いて作った遺言書を法務局に持ち込み保管の申請をすると、原本は死後50年間、画像化したデータは死後150年間も国に保管してもらえるという制度です。1通3,900円の費用がかかりますが、保管申請の時に形式のチェックを受けることができますし、紛失や隠されるようなリスクもありません(ただし形式のチェックであり内容面のチェックまでは受けられませんし、有効性を保証するものではありません)。
また、死後、法務局から相続人などに「法務局に遺言が保管されている」ことを通知してもらえるので、遺言を見つけてもらえないという最悪の事態も避けられます。さらに、死後の「検認」手続も不要となるなど、たくさんのメリットがあります。自筆証書遺言を作る場合は、ぜひ「保管制度」とセットで活用されてください。
(2)公正証書遺言(民法第969条)
もうひとつの作成方式としてよく活用されているのが公正証書遺言です。全国各地には「公証役場」という役所が300か所ほどあり、裁判官・検察官OBなどの中から選ばれた法律専門家である「公証人」が業務を行っています。この公証人が遺言を作ってくれる制度が公正証書遺言です。
①公正証書遺言のメリット
・中立な第三者である公証人が作成するので、不備の心配もなく安心
・紙の原本と電子データを十分な期間保管してもらえる
・家庭裁判所の「検認」手続が不要
・公証人が自宅や病院に出張して作成することも可能
②公正証書遺言のデメリット
・費用がかかる(財産額などによっても変わりますが、5万円〜10万円くらいの場合が多いようです)
・作成するときに証人2人が立ち会う必要がある。
証人になってくれる人がいない場合は、公証役場で手配してもらうことも可能だが、その場合の証人の日当として1人6000円〜1万円程度が必要になる。
このように、自筆証書遺言・公正証書遺言それぞれにメリットとデメリットがありますので、ご自身の状況に合わせて選択しましょう。
遺言の効果を発動させるためのルール
それでは、いよいよ遺言を実行しなければならなくなったとき、つまり、死後どのような流れで遺言の内容を実現していくのかを説明します。
(1)家庭裁判所での「検認」手続(民法第1004条)
自筆証書遺言を自宅等で保管している場合は、勝手に開封できません。家庭裁判所で「検認(けんにん)」の申立てを行い、相続人立ち会いのもとで開封する必要があります。手数料が1通950円かかります。
※法務局の保管制度を活用した自筆証書遺言や公正証書遺言の場合は、この検認手続が不要です。
(2)遺言の実行(民法第985条)
遺言の内容を確認し、その内容に従って遺産分け・名義変更等の手続を行います。遺言によっては、遺言の内容を実現するための進行役とも言える「遺言執行者(民法第1006条)」が指定されているケースもあります。この場合は、遺言執行者が主導して色々な手続を進めていきます。
遺言の活用例
最後に、遺言の活用例を見ていきたいと思います。人間関係が多様化し、色々なライフスタイルが認められる今日、さまざまな遺言の活用法が考えられます。
<活用例1> 子供がいない夫婦
子供がいない場合、遺産はすべて相手に(夫の死後は妻に、妻の死後は夫に)渡るのでは、と思いがちですが、そうなるとは限りません。たとえば夫が亡くなったとして、夫に親・兄弟姉妹がいる場合は、妻だけでなく夫の親(親が亡くなっている場合は兄弟姉妹)も相続人になり、一緒に遺産分けをしなければなりません。そして何よりも、残された妻が義父母等と遺産分割協議をしなければならないというのは、とても大変なことだと思います。自分の死後に、相手に安心な暮らしを残すためにも、遺言の活用がおすすめです。
<活用例2> 相続人以外に遺産を渡したい場合
事実婚や同性婚というスタイルも最近は珍しくなくなりましたが、事実婚・同性婚でパートナーが亡くなったとき、法律上の夫婦ではありませんので、法廷相続人になることができません。法定相続人とは、民法で定められた被相続人(ここでは亡くなった人)の財産を相続できる人で、夫婦の場合は、婚姻届を戸籍法の定めに従い市区町村の役場に届け出たことで法律上の婚姻関係が認められた戸籍上の夫婦である必要があります。つまり、事実婚や同性婚の場合は、あらかじめ決めておかなければパートナーの遺産を受け取ることができないのです。このような場合に、遺言で「自分の死後に事実婚・同性婚の相手に遺産を渡す」という内容を記載すれば、財産を残すことができます。(民法第964条)
もっとも、「遺留分(いりゅうぶん)」(民法第1042条、第1046条)といって、本来の相続人にも最低限の取り分が認められているので、財産のすべてを渡すということまでは難しい場合も多いと思われます。
<活用例3> 自分の死後も大切なペットが安心して暮らせるように
自分とペットだけで暮らしていて、自分に万が一のことがあった場合、ペットのその後の暮らしがどうなってしまうのかとても心配です。そのような場合も遺言が活用できます。少しかたい言葉で「負担付遺贈(ふたんつきいぞう)」(民法第1002条)と言いますが「ペットの世話を引き継いでもらう代わりに財産を贈る」という方法です。
ペットも家族の一員といえども、残念ながら法律上は人間と同じようには扱うことができないため、直接財産を残すことはできませんが、この方法を使えば間接的にペットに財産を残すことができます。
まとめ
日本における遺言の仕組みと活用例につき解説いたしました。
「自分のことは自分で決める」というのは、生きていく上での大切な原則です。そして、その原則を自分の死後にも実現することができるツールが「遺言」なのです。
※本記事は2023年3月時点の情報を元に作成しています。