有給休暇は労働基準法で規定されている制度ですから、すべての企業で実施されています。有給休暇を有効に活用している人も多いでしょう。ただ、有給休暇は2年間という消滅時効が規定されています。有給休暇の一部を消化しないまま消滅時効を迎えている人も多いのではないでしょうか。
企業によっては「積立有給休暇」という制度を導入しているところもあります。積立有給休暇なら、消滅時効を迎えた後の有給休暇でも取得可能なため、労働者にとっては嬉しい制度です。
上手く活用するためには、積立有給休暇の内容を把握しておくことが大切です。本記事では、積立有給休暇について、メリットや注意点などを中心に解説していきます。
積立有給休暇とは?
積立有給休暇とは、2年間の消滅時効により失効してしまった有給休暇を積み立てる制度です。通常なら、失効後の有給休暇は取得できませんが、積立有給休暇なら取得できます。
働き方改革の影響で、大企業を中心に積立有給休暇の制度を導入しているところが増えてきました。積立有給休暇の制度があれば、これまでよりも多様な働き方ができます。積立有給休暇の制度がある職場に勤務している場合は、ぜひ積極的に活用しましょう。
通常の有給休暇との相違点
積立有給休暇は、失効前の通常の有給休暇と同じように取得できるとは限りません。では、どのような点で通常の有給休暇とは異なるのか見ていきましょう。
法律上の義務の有無
通常の有給休暇は労働基準法の第39条に規定されている制度です。
(年次有給休暇)
第三十九条 使用者は、その雇入れの日から起算して六箇月間継続勤務し全労働日の八割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した十労働日の有給休暇を与えなければならない。
②使用者は、一年六箇月以上継続勤務した労働者に対しては、雇入れの日から起算して六箇月を超えて継続勤務する日(以下「六箇月経過日」という。)から起算した継続勤務年数一年ごとに、前項の日数に、次の表の上欄に掲げる六箇月経過日から起算した継続勤務年数の区分に応じ同表の下欄に掲げる労働日を加算した有給休暇を与えなければならない。ただし、継続勤務した期間を六箇月経過日から一年ごとに区分した各期間(最後に一年未満の期間を生じたときは、当該期間)の初日の前日の属する期間において出勤した日数が全労働日の八割未満である者に対しては、当該初日以後の一年間においては有給休暇を与えることを要しない。
引用:労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)|e-Gov法令検索
労働者を雇用している各企業に対して法的に義務づけられている制度であり、すべての企業で実施されています。企業は一定の要件を満たす労働者に対して、有給休暇を付与しなければなりません。有給休暇の付与を行っていない企業は、労働基準法に違反しているものとして扱われるのです。
これに対して、積立有給休暇は法律で規定されている制度ではありません。各企業が福利厚生の一環として任意で実施している制度です。
具体的な内容は各企業が自由に決められる
通常の有給休暇に関しては、対象となる労働者や日数、付与時期などに関して労働基準法で詳しく規定されています。2年間で消滅時効を迎えるという点も労働基準法115条の規定によるものです。各企業で、有給休暇の付与対象を限定したり日数を減らたりすることはできません。
(時効)
第百十五条 この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く。)はこれを行使することができる時から二年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。
引用:労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)|e-Gov法令検索
これに対して、積立有給休暇の制度はそもそも法律上の規定がないことから、具体的な内容も各企業で自由に設定できます。たとえば、付与対象を正社員のみに限定することも可能です。正社員のなかでも勤続年数が10年以上の人のみを対象にすることなどして、対象を狭めることもできます。
取得時のルールに関しても、各企業で決めることが可能です。通常の有給休暇なら特に理由がなくても取得できますが、積立有給休暇は理由により取得を制限することもできます。
一見すると労働者にとって不利なように感じる人もいるかもしれませんが、本来消滅時効を迎えた有給休暇は失効し、取得できません。積立有給休暇は、条件やルールがあったとしても、失効した有給休暇を取得できる制度ですから、労働者にとってはプラスに作用します。
企業が積立有給休暇の制度を導入する目的
企業にとって、積立有給休暇は人件費の負担が増える制度です。しかし、企業の中には負担を増やしてでも積立有給休暇を導入するところもあります。積立有給休暇の制度を導入する企業には、どのような目的があるのか見ていきましょう。
採用活動を有利に進めるため
少子高齢化の影響もあり、多くの業界で人材不足が深刻化しています。人材を募集してもなかなか応募が集まらないことも珍しくありません。売り手市場の状態が続いており、採用難に頭を抱えている人事担当者も多い状況です。
このような状況において、採用活動を有利に進めるために積立有給休暇制度を導入する企業が増えています。2年間の消滅時効を迎えた後でも有給休暇を取得できるこの制度は、求職者にとって大きな魅力となり、優秀な人材を集めやすくなるのです。
人材の定着を図るため
企業が人材難を解消するための対策としては、採用人数を増やすだけでは十分ではありません。社員の早期離職が原因で、人材難に陥る企業も多くあります。人材難を解消するには、優秀な人材を採用するとともに、自社への定着を図ることが重要です。
積立有給休暇制度は人材の定着を図る上でも効果が期待されています。利用可能な積立有給休暇が多く残っている状態なら、退職を踏みとどまるケースもでてくるでしょう。子育てや介護などを理由とした退職も防止できます。
従業員エンゲージメントを向上させるため
従業員エンゲージメントとは、企業と従業員との信頼関係のことです。従業員エンゲージメントが向上すれば、仕事に対するモチベーションが上がり業務効率の向上が期待できます。
また、従業員エンゲージメントは離職率との関連性も大きいです。従業員エンゲージメントが高ければ、従業員はそれだけ会社を信頼しているということになるため、離職率も抑えられます。
社員にとっての積立有給休暇のメリット
職場で積立有給休暇の制度が導入されると、社員にとってはどのようなメリットがあるのか見ていきましょう。
有給休暇本来の有効期限を気にせず活用できる
通常の有給休暇は2年間で失効してしまうため、それまでに消化する必要があります。ただ、仕事の状況によっては有効期限内に有給休暇をすべて消化するのが難しいこともあるでしょう。重要なプロジェクトを進めているときには、有給休暇を取得することで業務が滞ってしまう可能性もあります。
無理に有効期限内に有給休暇をすべて消化しようとして、周りの同僚に負担をかけてしまうケースもあるかもしれません。閑散期に取得しようと思っても、そのころには失効していることもあるでしょう。
その点、積立有給休暇の制度があれば、有効期限を気にせずに済みます。重要なプロジェクトを進めているのであれば、プロジェクトが完了し時間的余裕ができてから有給休暇を取得することも可能です。業務量があまり多くない時期に取得すれば、同僚への負担もあまりかかりません。
より長期の有給休暇を取得できる
積立有給休暇は通常の有給休暇を取得する時期と連続して取得することもできます。通常の有給休暇だけの場合よりも長期の休暇が得られるのは、大きな魅力となるでしょう。有給休暇ですから収入がなくなる心配もありません。
普段激務に追われている人であれば、長期の休暇を取って心身ともにリフレッシュするのもいいでしょう。旅行に行ったり家族との時間を過ごしたりするなど、活用方法はさまざまです。
家族の介護に備えられる
家族の介護が必要になった場合には、介護休暇や子の看護休暇などで対応できます。しかし、介護休暇や子の看護休暇は、家族の介護が必要になった場合に仕事を休めるというだけの制度です。休暇取得時の給料まで保証される制度ではありません。介護休暇や子の看護休暇を取得すると、収入が減少するということです。
現在のところ家族に介護が必要な状態ではなくても、将来的にはどうなるか分かりません。勤務先で積立有給休暇の制度があれば、ある程度は安心できるでしょう。
積立有給休暇を活用する上での注意点
積立有給休暇は労働者にとって非常に嬉しい制度です。積立有給休暇の制度がない場合と比べて労働者にとってデメリットになることはほとんどありません。しかし、積立有給休暇を活用するにあたって注意すべき点がいくつかあります。
有効期限や上限日数を確認しておく
積立有給休暇は、失効してしまった有給休暇を取得できる制度ですが、期限や日数が無制限とは限りません。企業によっては、有効期限や上限日数などを設けているところもあります。たとえば、消滅時効による失効後3年以内の有給休暇のみ対象の場合や10日分までとしている場合もあるでしょう。
もちろん無制限で利用できる企業もあります。まずは、自分の勤務先の条件を事前に確認しておきましょう。有効期限が設けられているのであれば、有効期限前に使い切れるように少しずつ消化していくことをおすすめします。
取得制限について確認しておく
通常の有給休暇は、理由によって取得を制限することはできません。労働者は特に何も理由がなくても有給休暇を取得することができます。しかし、積立有給休暇は法律上の制度ではないため、企業側で特定の理由に該当する場合などの取得制限を設けることも可能です。
また、連続で取得する場合に関する制限を設けている企業もあります。たとえば、10日までのような具合です。通常は理由による取得制限がなくても、連続で取得する場合のみ一定の理由を求める企業もあります。
自分の勤務先はどのようなパターンで取得できるかを把握しておきましょう。
積立有給休暇を取得した日が出勤日扱いになるかどうかを確認しておく
通常の有給休暇を取得した日であれば、出勤率を計算する際に出勤したものとして扱われます。しかし、積立有給休暇は法律上の制度ではないため、出勤したものとして扱うかどうかは企業によって異なる点に注意が必要です。出勤日として扱わない場合には、翌年の年次有給休暇の付与に影響する可能性があります。
また、賞与や退職金の金額も、出勤率を元にして算定されるケースが多いです。積立有給休暇を取得した日が出勤日として扱われなければ、出勤率が低くなり、賞与や退職金の金額が減る可能性があります。
自分の勤務先で積立有給休暇の取得日が勤怠上どのように扱われているのか確認しておきましょう。勤怠上の扱いを踏まえたうえで利用する必要があります。
退職時に使えるかどうか確認しておく
退職時に残っている有給休暇をすべて使い切るというのは、よく行われていることです。積立有給休暇に関しても退職時に使い切ろうと考えている人は多いでしょう。
退職時には使えないように取得制限を設けている企業もあります。そのため、自分の勤務先で積立有給休暇を退職時に取得できるかどうかを事前に確認しておきましょう。もし、退職時に使えないようであれば、少しずつ消化しておくのが望ましいです。
他の休暇制度が優先されることもある
積立有給休暇以外にも育児休暇や介護休暇など、休暇を取れる制度はいくつかあります。複数の休暇制度に関して取得可能な条件に当てはまる場合には、どちらか一方を取得することになるでしょう。
こうしたケースでは、優先順位が決められていることもあります。積立有給休暇は任意の制度であるため、他の制度を優先される傾向が強いです。
積立有給休暇の内容やルールをよく確認して上手く活用しよう
積立有給休暇は、消滅時効により失効してしまった有給休暇を取得できるようにする制度です。法律上の制度ではなく、一部の企業が任意で実施しています。採用活動の強化や人材の定着などが主な目的です。
労働者にとってはメリットが多く、デメリットはほとんどありません。
ただし、法律上の制度ではないため、具体的な内容やルールは企業によって異なります。取得するにあたって一定の理由が求められる場合や取得日を出勤日に含めない場合もあるため注意が必要です。
勤務先で積立有給休暇の制度がある場合には、内容やルールをよく把握した上で上手に活用しましょう。