2022年6月17日に公布された改正刑法によって注目を集める拘禁刑。
「これまでの懲役刑や禁錮刑とはどう違うのか?」
「拘禁刑によって何が変わるの?」
など、刑法改正により新設された拘禁刑に関心を持つ人は多いのではないでしょうか?刑務作業の義務がなくなることで、刑罰が軽くなるのではないかと疑問を持つ方もいるかもしれません。
本記事では、拘禁刑の基本的な仕組みや適用される犯罪の種類、懲役刑や禁錮刑との違いを詳しく解説します。また、受刑者の処遇変化にも触れ、拘禁刑の社会的な目的と意義を分かりやすくまとめていきますので、ぜひ参考にしてください。
2025年6月1日から施行される拘禁刑とは?

まずは、拘禁刑について解説していきます。拘禁刑の定義や収容期間、対象者、またどのような罪が該当するかについてみていきましょう。
拘禁刑とは?
拘禁刑とは、2022年6月17日に交付された改正刑法に基づき、新たに2025年6月1日から施行された刑罰です。
従来の懲役刑と禁錮刑は廃止され、それぞれの刑罰は拘禁刑に統合されるというもの。新たな刑罰が施行されるのは、明治40年の刑法制定以来、初となり、注目を集めています。
拘禁刑は、懲役刑や禁錮刑と同様、身体の自由を奪う「自由刑」のひとつです。拘禁刑では、受刑者の更生を目的としたさまざまなプログラムが用意されるのが特徴。これによって受刑者の処遇は変わり、社会復帰をより円滑にすることが期待されています。
拘禁刑の収容期間は?
拘禁刑の刑期の長さは、その犯罪の内容や被害の程度によって、「有期」と「無期」に分けられます。改正刑法第12条に明記されているとおり、有期拘禁刑は1カ月以上20年以下が基本です。しかし、複数の罪がある場合には最長30年まで延長できるとされています。
無期拘禁刑の場合には、その名のとおり生涯刑となりますが、刑法第28条では無期刑についても10年を経過した時点で仮釈放をすることが許可されており、地方更生保護委員会の審査を経てその決定が下されます。
受刑中の囚人も対象となる?
新たに施行される拘禁刑の対象となるのは2025年6月1日以降に起きた事件、事故で起訴され、刑罰が確定する受刑者に限ります。したがって、施行前の事件、事故で判決が下された者については、これまでどおり懲役刑または禁錮刑が課されます。
つまり、拘禁刑施行前の事件事故によって6月1日の施行後に判決が下されるケースにおいては、従来の懲役刑または禁錮刑が適用となるということです。拘禁刑が適用されるのは、罪を犯した時点ではなく、判決が下され罪が確定した時点ということです。
拘禁刑の対象となる罪
拘禁刑は懲役刑と禁錮刑を統合するものですが、それによって対象となる犯罪が拡大されることはありません。具体的に、拘禁刑が適用されるのは、以下のような刑法犯です。
- 殺人
- 強盗
- 窃盗
- 詐欺
- 横領
従来の懲役刑と禁錮刑と同様に重大な犯罪には重い罪が科されますが、拘禁刑の制度では受刑者の更生に重点が置かれるため、刑務所内での処遇については、これまでとは異なります。
また、犯罪の内容や被告人の反省度合いから、裁判所は執行猶予を判断することがあります。その場合、一定の条件を満たすことで拘禁刑が免除されることがあります。
特に、初犯の場合には執行猶予がつきやすく、社会復帰のための教育プログラムの受講などが条件となります。一方で、初犯でも重大な罪の場合や再犯の懸念がある場合には、実刑が言い渡される確率が高いでしょう。
改正刑法とは?
そもそも拘禁刑が新設されるのは、2022年に公布された改正刑法によるもので、執行猶予や侮辱罪などに関する改正が含まれています。改正刑法の具体的な改正内容は以下のとおりです。
- 懲役刑・禁錮刑を廃止して拘禁刑を創設する
- 執行猶予の対象者拡大
- 犯罪者処遇の充実化
- 侮辱罪の法定刑の引き上げ
改正刑法では、拘禁刑において作業や指導を、受刑者の改善更生のために実施できることが明文化されたのが最大の特徴です。
その結果、刑務作業が中心であった従来の懲役刑や禁錮刑と異なり、新たな制度では改善指導や教科指導を含めた柔軟な指導が可能となります。
また、改正刑法の内容には、執行猶予の適用範囲拡大や犯罪者処遇の充実化、侮辱罪の法定刑の引き上げなども含まれており、受刑者の社会復帰をより重視する方向へと転換されています。
日本における犯罪の実態について

「令和6年版犯罪白書」によると、2023年の年間刑法犯認知件数は2022年比で17.0%増の70万3,351件となり、犯罪件数は増加。
特に、家庭内暴力やサイバー犯罪などが増加傾向にあることにくわえ、大麻取締法違反に関しては20代の検挙人員が大幅に増えている傾向です。また令和5年時点での再犯率は47.0%と前年より減少したものの、依然として高い数字を記録しています。
65歳以上の高齢者による犯罪は年々増加し、全体の22.4%に到達。年々増加する若者の薬物の使用や高齢者の万引き、家庭内暴力などは再犯リスクが高いことから、再犯防止や更生支援の重要性がましているということです。
また「被収容者生活関連業務の維持」によると、60歳以上の高齢受刑者の割合は、令和4年時点で21.5%と平成25年以降、一貫して増加しています。刑務所内においても高齢化によって、従来の刑務作業が体力的に困難となる場合もあり、より柔軟な処遇が必要とされていると考えられるでしょう。
拘禁刑と懲役刑・禁錮刑の違い
ここからは、拘禁刑と懲役刑、禁錮刑それぞれの違いについて解説していきます。
刑法上の罪の重さ
拘禁刑と懲役刑、禁錮刑の違いは、刑法上の罪の重さにあります。従来の刑法では、懲役刑は刑務作業が義務となるため、禁錮刑よりも重いと考えられていました。
拘禁刑の施行によってこれらの刑罰が統合されることで、懲役刑とされてきた受刑者に対する刑罰が実質軽くなるのではないかとの声もみられます。しかし、拘禁刑では必要に応じて刑務作業や指導を行うため、必ずしも刑罰が軽くなるわけではありません。
刑務作業が義務かどうか
懲役刑とは、その名のとおり役務をさせることで受刑者を懲らしめる刑罰です。そのため、刑務作業が義務とされています。
禁錮刑の場合、希望すれば刑務作業に参加することは可能ですが、義務はありません。この刑務作業の義務があるかどうかが懲役刑と禁錮刑の大きな違いです。
一方で、両者を統合することとなる拘禁刑では、受刑者に応じて刑務作業のほかリハビリや勉学などのさまざまなプログラムが用意されることとなります。つまり、拘禁刑は罰則的な要素よりも、更生要素の高い刑罰といえるでしょう。
受刑者の特性に応じた柔軟な対応
改正刑法では、以下のとおり拘禁刑の目的として「改善更生を図るため」という文言が明記されています。また、改善更生のために必要な作業や指導ができるものとしているのが最大の特徴です。
(拘禁刑)
第十二条 拘禁刑は、無期及び有期とし、有期拘禁刑は、一月以上二十年以下とする。
2 拘禁刑は、刑事施設に拘置する。
3 拘禁刑に処せられた者には、改善更生を図るため、必要な作業を行わせ、又は必要な指導を行うことができる。
引用:刑法十二条
また、これまでの刑罰制度では、何度も万引きをした高齢者と暴力団組員が同じ環境となるケースもあり、受刑者に応じて適切な処遇を施すことが難しい状況でした。
新設される拘禁刑では、受刑者の特性に応じて、高齢者にリハビリを重視したプログラムを受講させたり、年少者には数学や英語などの勉強を教えたりすることで、社会復帰を促せるようになります。
拘禁刑が新設される目的と背景
ここからは、拘禁刑が新設される目的と背景について解説していきます。
拘禁刑が新設される背景には、受刑者の社会復帰の重要性の見直しや再犯の増加、また現状の懲役刑と禁錮刑が既成概念化していることが挙げられます。それぞれについて、詳しくみていきましょう。
更生を目指す指導時間確保のため
拘禁刑が新設の背景には、刑罰の捉え方が「懲らしめ」から「改善更生」へと変化していることが挙げられています。
これまで、刑罰とは犯罪に対する当然の報いとする考え方(応報刑主義)と、刑罰によって犯罪者を教育して社会に復帰させるという考え方(教育刑主義)が根底にありました。拘禁刑の導入によって、教育することで社会復帰を目指すという教育刑主義の要素が強まったといえるでしょう。
それによって、刑務作業以外にも、受刑者ごとにさまざまな教育プログラムを与えられるようになります。このように、教育や指導によって社会復帰を促す取り組みが、重要視されつつあるのが、拘禁刑が導入される背景のひとつです。
再犯防止の重要性が高まっているため
近年日本においては、刑法犯の総数は減少しているものの、再犯者の割合は増加しており、社会的な課題となっています。
前述のとおり、刑罰には犯人を懲らしめることと、再教育するという2つの要素があります。そして再犯が増加している日本においては、受刑者に対する更生プログラムを充実させることで再犯率を下げることが重要と考えられています。
令和6年版犯罪白書によると、2023年の再犯率は47.0%でした。再犯率はここ数年で減少に転じていますが、1997年以降一貫して増加傾向にあることから、社会復帰後の再犯防止が重要課題となっているのは疑いようがありません。
懲役と禁錮の区別があいまいなため
懲役刑と禁錮刑は、刑務作業の義務の有無によって区別されます。懲役刑では義務とされる刑務作業ですが、実際には禁錮刑の受刑者のうち81.8%(2024年3月末時点)が刑務作業を自ら望んで行っています。
また、令和6年版犯罪白書によると、刑務所に収容された受刑者のうち99.6%は懲役刑であり、禁錮は0.3%、拘留は0.0%にとどまっているのが実態(2023年時点)です。なお、禁錮刑はわずか49人、拘留は3人しかいません。
このように、受刑者のほとんどが懲役刑であること、また禁錮刑でも多くの受刑者が刑務作業を希望していることから、事実上の区別が曖昧となっていました。このような背景から、新たに拘禁刑が創設されたというわけです。
拘禁刑の施行で何が変わる?

ここからは、拘禁刑の施行によって受刑者の処遇がどのように変化するのか、具体的に解説していきます。
刑務作業が義務ではなくなる
拘禁刑の導入により、受刑者に課されていた刑務作業の義務が見直されました。改正刑法では「作業や指導を行える」と明記され、労働はあくまで更生の手段に位置づけられます。
従来の懲役刑と異なり、必ずしも労働を強制されることはなく、必要に応じて教育指導などに専念させることも可能です。拘禁刑は、受刑者が罪と向き合い、社会復帰を目指すための柔軟な処遇を実現する新しい刑罰制度として注目されています。
高齢者や薬物依存など受刑者に応じて対応できる
拘禁刑では、受刑者一人ひとりの性格や課題に応じた柔軟な処遇が可能です。
従来の懲役刑では刑務作業に割く時間が中心でしたが、拘禁刑では「一般改善指導」「特別改善指導」「教科指導」など、社会復帰を支援する多様なプログラムが用意されています。
拘禁刑の新設によって、受刑者一人ひとりの特性に応じたより実効性のある対応が可能となるでしょう。
拘禁刑となった受刑者の処遇
ここからは、拘禁刑の特徴である受刑者に応じた柔軟な対応についてみていきます。具体的には、受刑者の特性に応じて24の処遇過程、また就労につながる特別な技術の習得支援について解説していきます。
24の処遇過程とは?
拘禁刑では、受刑者の社会復帰を支援するため、年齢や障害の有無、犯罪の種類に応じた24の分類が行われます。したがって、再犯リスクの高低だけでなく、個々の事情に対応したきめ細かな処遇が可能です。
たとえば、長期・短期の刑期、依存症回復、知的障害者、高齢者などで分類され、性犯罪受刑者には性犯罪改善プログラム、薬物犯罪受刑者には薬物改善プログラムを提供。また若年層の向けには再犯リスクに応じて数段階の処遇が用意されるほか、外国人向けのプログラムも設けられます。
特別分野の習得支援
拘禁刑には、上述の24の処遇過程のほか、受刑者の更生を促進し、スムーズな社会復帰をするための特別コースが用意されています。
一定期間、農業や伝統工芸などについて集中的に学ぶことで、出所後に必要なスキルを身につけることが可能です。これらの特別コースは、受刑者の再犯防止や更生を支援するために役立つと考えられており、社会復帰のための強力な支援となることが期待されています。
拘禁刑の課題
拘禁刑は、懲役刑と禁錮刑を統合し、作業と教育の柔軟な運用を可能にする新たな制度です。大きな目的は受刑者の社会復帰支援ですが、制度設計や現場の運用面には多くの課題が指摘されています。
ここからは、拘禁刑が抱える具体的な課題について詳しく見ていきましょう。
刑務所の収容人数が増加する懸念
拘禁刑の導入自体は収容者の拡大を直接目的とした制度ではありませんが、近年の日本では「外より刑務所の方が暮らしやすい」と感じ、故意に犯罪を犯す高齢者や生活困窮者が増加していることは見逃せません。
特に出所しても住居や収入がない人にとって、三食が保証され、孤独も感じにくい刑務所生活は一種のセーフティネットとなっており、これが再犯と収容人数の増加につながる懸念があります。
拘禁刑では社会復帰を支援する仕組みが強化されるものの、出所後の生活基盤が整っていなければ再び収容されるという悪循環に陥りかねません。再犯防止には、刑務所外での生活支援の充実が不可欠と言えるでしょう。
社会の意識改革が必要
受刑者の再犯防止と社会復帰には、刑罰制度だけでなく社会全体の意識改革が不可欠です。
出所者に対する根強い偏見や就労の困難は、再犯の要因となっています。更生した人を社会の一員として迎え入れる環境を整えることが重要であり、地域や企業、福祉機関の協力が必須です。
再犯防止を促進し、より多くの人が生きやすい社会を実現するためには、一人ひとりの理解と支援の意識が必要です。
作業時間の減少による出所後の資金不足
拘禁刑では受刑者の教育機会が拡充される一方、作業時間の減少による報奨金減少の問題も指摘されています。
刑務作業によって得られる報奨金は、出所後の生活資金として大きな役割を果たしてきました。しかし、教育中心の処遇が進み刑務作業が縮小されることで報奨金が減少し、出所時に十分な資金を確保できない受刑者が増える可能性があります。
経済的な不安定さは再犯につながるリスクを高めるため、出所後のスムーズな就職支援や住居確保などのサポートも必須といえるでしょう。
(参考:拘禁刑導入の背景)
刑務職員の負担増加
拘禁刑の導入によって刑務作業の時間が減少する分、刑務職員の負担が増える懸念があります。高齢の受刑者や障害のある受刑者の割合は年々増加しており、炊事や洗濯に従事する受刑者を確保することが困難な刑務所も多くあります。
そのなかで、拘禁刑の導入がなされると、刑務作業に従事する受刑者の確保がますます困難となることが懸念されています。
また更生支援には専門的な知識が求められ、外部の福祉専門職や医療機関との連携が欠かせません。現場では人手不足が深刻な問題となっており、限られたリソースで効果的な支援を実施することには、課題もあるでしょう。
(参考:被収容者生活関連業務の維持)
拘禁刑に関するよくある質問
日本における拘禁刑とは何?
日本における拘禁刑とは、2025年6月1日施行の改正刑法によって新たに導入された刑罰の種類です。改正により、これまでの「懲役刑」と「禁錮刑」が廃止され「拘禁刑」へと一本化されることになりました。
拘禁刑では、受刑者の更生や社会復帰をより重視した処遇が行われます。
アメリカで拘禁刑とは何?
アメリカでは禁錮刑や懲役刑を分けて考えず、刑務所や拘置施設などに収容されることを意味します。日本で導入される「拘禁刑」に直接当てはまる刑罰はありません。
なお、アメリカの刑罰は連邦法と州法によって規定され、州ごとに体系が異なっています。
「拘禁中」とはどういう意味?
一般的に「拘禁中」とは、人の身体が特定の場所に留められ、自由な行動が制限されている状態です。使われる文脈によって具体的な状況は異なります。たとえば、以下はすべて「拘禁中」といえます。
- 犯罪の疑いで警察に逮捕され、留置場に入れられている状態
- 検察官によって起訴された後、裁判が終わるまで拘置所で身柄を拘束されている状態
- 裁判で有罪判決が確定し、刑務所に収容されて服役している状態
つまり、必ずしも刑が確定しているわけではなく、捜査段階や公判段階での身柄の拘束も含まれる状態を指します。
拘禁刑で変わる刑罰の捉え方!前科者を受け入れる社会のあり方も重要
拘禁刑とは2025年6月1日から新たに新設された刑罰の種類。従来の懲役刑と禁錮刑を統合し、社会復帰や更生に向けての支援が重視されているのが特徴です。
拘禁刑では年齢や収容期間、犯罪傾向によって24の処遇過程に分類され、受刑者はそれぞれの特性に応じた支援を受けられるようになります。また、一定期間集中して特定の技能を身につける特別コースの新設も注目です。
再犯防止の観点から、さまざまなプログラムが用意される拘禁刑ですが、故意の犯罪の増加や刑務作業減少による出所後の資金不足などの課題も指摘されています。今後、拘禁刑の施行によって、更生者を受け入れる社会側の意識改革も重要となるでしょう。