近年、金融業界全体においてデジタル化の波が押し寄せています。証券業界も、例外ではありません。従来の紙媒体による契約書から電子契約への移行が進んでいます。
本記事では、証券業界における電子契約導入の進捗状況と課題について、2024年時点の最新情報に基づいて詳細に解説します。
目次
電子契約導入の背景
証券業界における電子契約導入の背景には、主に以下の3点が挙げられます。
ペーパーレス化による業務効率化
紙媒体の契約書は印刷、配送、保管、破棄など、多くの時間とコストを要します。電子契約であれば、これらの煩雑な作業を大幅に削減でき、業務効率化が実現可能です。
顧客利便性の向上
顧客(一般投資家および企業)は、時間や場所を選ばずに自宅のパソコンやスマートフォンから契約手続きを完了できるようになります。契約書の検索や閲覧も容易になり、顧客利便性の向上が期待できるでしょう。
コンプライアンス強化
電子契約は改ざん防止や監査証跡の保存機能など、高いセキュリティ性能を備えており、契約内容の改ざんや紛失リスクを低減し、コンプライアンス強化にも貢献できるでしょう。
電子化(デジタル化)可能な書類の種類
証券会社が取り扱う書類のうち、電子化可能なものは近年増加しています。2024年5月現在、主に以下の書類が電子化できます。
1.口座開設書類
- 口座開設申込書
- 本人確認書類
- 投資者適格性確認書類
- 約款
2.商品取引書類
3.その他
- NISA口座開設申込書
- iDeCo口座開設申込書
- 金銭貸付契約書
- 委任契約書
- 重要事項説明書
電子契約が可能な書類は、証券会社によって異なる場合があります。詳しくは、各証券会社のウェブサイトでご確認ください。
法令に基づく顧客交付書面は原則として顧客に対する書面交付を義務付け
法令に基づく以下の顧客交付書面については、原則として顧客に対する書面交付を義務付けています。
1.目論見書(金商法第15条第2項、第3項)
- 有価証券の募集または売出しにあたり、その取得の申込みを勧誘する際等に投資家に交付
- 当該有価証券の発行者や発行する有価証券などの内容を説明
2. 契約締結前交付書面(金商法第37条の3)
- 有価証券等の売買等の前に交付
- 各商品・取引等のリスクや手数料等について記載
3. 契約締結時等交付書面(金商法第37条の4)
- 有価証券の売買取引等の契約成立(約定)時に遅滞なく作成・交付
- 取引報告書や取引残高報告書
4. 運用報告書(投信法第14条)
- 投資信託の決算期ごとに作成され、その投資信託の保有者に交付
- 当該有価証券の発行者や発行する有価証券などの内容を説明
上記を電子交付するには、一定の条件があります。
<共通要件>(金融業等府令50条および開示布府令23条の2)
- 顧客(投資家)の事前の承諾
- 記録を出力(書面化)できること
<方法>
- 電子メールでの送付
- ダウンロード形式
- 顧客のマイページでの閲覧
- ホームページ上での掲示
ただし、上記の書類を原則電子化させようという動きもあり、今後が注目されています。
出典:日本証券業協会「金融商品取引に係る書類のデジタル原則化に向けて- 顧客交付書面のデジタル原則化に係る要望を中心に」
証券業界におけるデジタル化とペーパーレス化の状況
日本証券業協会が、2022年1月31日に発表した「証券業界におけるデジタル化・ペーパーレス化の状況」によると、電子化された手続きの活用状況は以下の通りです。
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回答 | 社数 |
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①電子化された手続きを全て利用している | 62社 |
②電子化された手続きを多く利用している(一部は書面等手続きのまま) | 67社 |
③電子化された手続きの利用は限定的である(多くの手続きは書面等手続きのまま) | 34社 |
④電子化された手続きは利用していない | 3社 |
⑤該当する手続きが発生していない | 1社 |
⑥不明・分からない | 0社 |
⑦その他 (部署によって異なる) | 1社 |
出典:日本証券業協会「証券業界におけるデジタル化・ペーパーレス化の状況」
回答があった会員証券会社の76.8%(①+②)が電子化された手続きの多くを利用しています。また、各社におけるシステム対応の進捗により電子化対応にばらつきがあることがわかりました。証券会社のなかには、使い勝手・コスト・セキュリティ面から電子化システムを使わない(使えない)とする会社もあります。
デジタル化の取り組みについて
証券業界における電子化の取り組み全体に関する評価は以下の通りです。
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回答 | 社数 |
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①書面等手続きの電子化が大いに進んだ | 77社 |
②書面等手続きにつき電子化がある程度進んだ | 71社 |
③書面等手続きにつき電子化があまり進んでいない | 11社 |
④書面等手続きにつき電子化が全く進んでいない(変わらない) | 2社 |
⑤その他(該当業務なし、新規加入など) | 7社 |
出典:日本証券業協会「証券業界におけるデジタル化・ペーパーレス化の状況」
電子化が進んだと答えた企業は88.1%(①+②)となり、在宅勤務、事務手続き改善、顧客利便性などの観点から評価する意見が多いとされています。また、電子化未対応の書類が残っている、電子化の方式などに課題があり、引き続きの対応も求められています。さらに、書面でも特段不便ではないことや人的、コスト的な観点から書面手続きを進めない意見もありました。
業務効率化・合理化の進展
さらに電子化の取り組みによる業務効率化や合理化の進展は以下の通りです。
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回答 | 社数 |
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①業務効率化・合理化が⼤いに進んだ | 45社 |
②業務効率化・合理化がある程度進んだ | 80社 |
③業務効率化・合理化が進んでいない(変わらない) | 38社 |
④業務効率化・合理化が後退した | 1社 |
⑤その他(該当業務なし、新規加入など) | 4社 |
出典:日本証券業協会「証券業界におけるデジタル化・ペーパーレス化の状況」
業務効率化・合理化が大いに進んだとする声は26.8%(①)となっています。一方で、多くの企業では、業務効率化・合理化に向けて段階的に対応している状況であると回答。また、電子化への移行に伴う対応・問い合わせにより時間・労力を要している社も一定数あるとされます。
証券会社が電子契約を導入することのメリット
ここでは、証券会社が電子契約を導入することによるメリットを解説します。
業務効率化
契約締結の迅速化
従来の紙媒体による契約では、書類の印刷、郵送、受領、確認などに時間が必要でしたが電子契約へとシフトすることで、これらのプロセスをオンラインで完結できるようになります。電子契約が導入されるとたとえば口座開設手続きなら、従来であれば数週間かかっていたものが、数日程度での契約締結を実現。時間を大幅に短縮できます。
事務処理の簡素化
紙媒体の契約書は保管スペースが必要となるだけでなく、検索や破棄にも手間がかかります。電子契約であれば、契約書を電子データで一元管理できるため、これらの手間を大幅に削減できるでしょう。また、契約書の履歴管理や検索も容易となり、必要な契約書をすぐに探し出すことができるようになります。
人件費の削減
上記のような業務効率化により、契約業務にかかる人件費を削減できます。削減された人件費を、顧客サービスの向上や新規事業への投資などに回せるでしょう。
コスト削減
印刷・郵送費の削減
紙媒体の契約書を作成・送付するには、印刷代、郵送代がかかります。電子契約であれば、これらの費用を削減可能です。
保管スペースの削減
従来の紙媒体での契約書保管には、専用のスペースが必要でした。電子契約であれば、契約書を電子データで保管できるため、保管スペースを削減可能です。また、オフィススペースの削減により、賃料などの経費を節約できます。
印紙税の削減
紙文書の場合、一定金額以上の契約には、印紙税が必要なケースがあります。一方、電子契約は印紙税の負担がありません。
顧客利便性の向上
時間や場所の制約を受けない契約手続き
顧客(一般投資家および企業)は、時間や場所を選ばずに、自宅のパソコンやスマートフォンから契約手続きを完了できます。無理なく手軽に契約手続きを行えることは、忙しい顧客にとって大きなメリットです。
契約内容の迅速な確認
顧客(一般投資家および企業)は、契約内容をすぐに確認できます。不明点があれば、すぐに証券会社に問い合わせることも可能です。
契約履歴のかんたん閲覧
顧客(一般投資家および企業)は、過去の契約履歴をかんたんに閲覧できます。資産状況の把握や今後の投資計画の立案に契約履歴閲覧は参考になるでしょう。
コンプライアンス強化
契約内容の改ざん防止
電子契約は、高いセキュリティ性能を備えており、契約内容の改ざん防止が可能です。これにより、契約内容に関するトラブル回避につながるでしょう。
監査証跡の保存
電子契約は、契約締結のプロセスを記録可能です。監査証跡を容易に保存でき、コンプライアンス体制強化につながります。
リスク管理の強化
電子契約により、契約に関するリスクを適切に管理できます。法令違反や訴訟などのリスクを低減できるでしょう。
証券会社における電子契約導入の際の注意
証券会社における電子契約導入は、業務効率化や顧客利便性の向上など、さまざまなメリットをもたらす可能性があります。しかし一方で、導入にあたってはいくつかの注意点も存在します。
法令遵守
電子契約において十分な法的有効性を確保するためには、民法や商法などの法令で定められた要件を満たす必要があります。たとえば電子契約書には、電子署名やタイムスタンプの付与が有効です。
また、金融商品取引法などの金融商品取引に関する法令においても、電子化に関する規制が設けられています。証券会社は、これらの法令を遵守した上で、電子契約を導入する必要があることを理解しておきましょう。
セキュリティ対策
電子契約にはサイバー攻撃のリスクも伴いますから、十分なセキュリティ対策が必須です。例として、次の対策が考えられます。
- 暗号化技術の導入
- アクセス制御の強化
- 監査ログの保存
- 従業員への教育
運用体制の整備
電子契約を導入するには、運用体制を整備する必要があります。具体的には、以下のような体制を整備する必要があります。
- 電子契約システムの運用管理
- 電子契約書に関する問い合わせ窓口の設置
- トラブル発生時の対応体制
顧客との合意
電子契約を導入するには、顧客との合意が必要です。顧客に対して電子契約のメリットやデメリットを説明し、書面などで合意を得る必要があります。従来は書面が原則でしたが、今後はデジタルが原則へと移行となりりますから、十分な説明を行った上で顧客から書面交付の申し出がない限りはデジタル交付を実施することになります。
デジタル原則を選択する場合に求められる事項には以下が挙げられます。
- 書面交付が可能である旨を告知することを義務付ける
- 顧客の認識なく書面交付が電子交付に変更される事態が発生しないようにする
- 書面交付をする場合でも、顧客に追加の手数料は求めず、金融事業者がコスト負担する
出典:日本証券業協会「証券業界における顧客交付書面のデジタル原則化に係る顧客周知について」
コスト
電子契約システムの導入には、初期費用やランニングコストがかかります。
初期費用
初期費用には、以下のようなものが含まれます。
- 電子契約システムのライセンス料
- 導入コンサルティング料
- システム構築費
- ハードウェア・ソフトウェア費用
- ネットワーク費用
- データ移行費用
- 社内研修費用
ランニングコスト
ランニングコストには、以下のようなものが含まれます。
- 電子契約システムの保守管理料
- 通信費
- セキュリティ対策費用
- 監査費用
- 人件費
電子契約導入の際のトータルコストは、初期費用とランニングコストの合計です。トータルコストを電子契約導入によるコスト削減効果と比較することで、導入の採算性を判断できます。導入前に、十分なコスト見積もりを行いましょう。
社内体制
電子契約を導入するには、社内体制を整える必要があります。具体的には、以下のような体制を整備する必要があります。
社内ルール
電子契約を導入するには、以下のような社内ルールを整備する必要があります。
- 電子契約書の利用に関するルール
- 電子契約書の保存に関するルール
- 電子契約書の廃棄に関するルール
- 電子契約書に関するトラブル発生時の対応ルール
社内研修
電子契約を導入するには、従業員に対して電子契約に関する研修を行う必要があります。
- 電子契約とは何か
- 電子契約書の利用方法
- 電子契約書の保存方法
- 電子契約書の廃棄方法
- 電子契約書に関するトラブル発生時の対応方法
研修は、定期的に実施することが推奨されています。
まとめ:証券業界の電子契約導入は顧客にもメリットが大きい!お互いのために検討を
証券会社が電子契約を導入することによって業務効率化、コスト削減、顧客利便性の向上、コンプライアンス強化など、さまざまなメリットを得ることが可能です。近年、電子契約導入を検討する証券会社が増加しており、今後も導入が進むことが予想されます。
しかし、導入にあたっては、社内体制の整備も重要な検討事項の一つです。電子契約導入を検討している証券会社は、本記事で紹介した社内体制の整備に関するポイントを参考に、適切な社内体制を整備することが重要と考えてください。